2011年10月16日から、このブログを書き始めました。 サマゴーンは、ラムカムヘン通りの北、ソイ110に位置する、 バンコクでも歴史が長い有名大住宅街(と言われているよう)です。 戸数、5000の、キング・プロジェクトで開発された、かなり大きなムー・バーンです。 ロングステイを一歩踏み込んだ生活となりましたので、 都心から離れ、しかし、まったくの田舎暮らしでもない、こういうところもいいのか、 と思って住み始めました。 さて、どんな生活になることでしょうか。

2014/05/27

平穏な暑い一日でした。

クーデター後、6日めですが、

めだった動きはなく、

今日も平穏な一日、でした。

今日、一番の出来事は、農民に対してお金が支払われ始めたこと。

20140527farmerpay
バンコクポストから写真借用。
支払いを待つ80万人の農民に、920億バーツの金額、
一人当たり11万5000バーツ分となります。
分割して支払われるようですが、写真の手渡されているお金、
少なすぎない・・・?

しかし、この素早さは、なんでしょう。

北部、北東部の農民から感謝の声があがっているようです。


ネーションの社説は、

Myanmar's chance to become a model democracy

というもので、直接「タイのデモクラシー」については語れなくて、

ミャンマーを持ち上げざるをえない、という嘆き節。


バンコク・ポストの第一番の論説は、

Will this coup kill or cure us of our ills?

というもので、軍が行動を始めた当初は、

軍の統制は2,3か月で、文民政府が準備され、

制度改正が行われ、総選挙へ至る、と思われたが、

どうやらそれは期待外れで、

軍の管理が長引きそうだ、という内容。


このブログを書いているのはタイ時間で5時半ですが、

昨日まで見られた「クーデター反対のデモ」の記事なども

皆無でした。

そういう動きも記事にならなくなったのかなぁ、と思っていたら、

バンコク・ポストに、

NCPO under fire for silencing critics

という記事がでました。

77名の学識者が、軍政に、表現の自由を求める、

という内容の記事です。

これくらいのものです。


昨日書いた、改革から選挙までのロードマップの話は

タイの両紙には今日もありません。

きっと日経新聞の勇足だったのでしょう。

日本の他の新聞にもいっさいその記事はありませんので。



話は変わりますが、

プラユット司令官、

言葉の端々に、

鋭さと、

ユーモアのセンスも持ち分けた人のように思えます。


7つのグループ呼んで、解決に至る話し合いをさせた会議で、

2日目、最終的に「クーデター」を決断した瞬間のレポートがあります。

Insider's report on coup decision

2時から始まった、二日目の会議。

ー プア・タイ党の代表は「わが党ができることは、閣僚に休暇を取らせることくらいだ」

ー 暫定政府の代表は「閣僚が辞任することは法に反する、できない」

ー 民主党のアビシット代表は「法に反することはない、前例もある」

ー UDDの代表「こんな議論は無駄だ、これを続けるのなら蒲団と枕が

必要になる、

みんな信仰している宗教上の信条争いをしているに等しい、

陸軍司令官は大変な仕事を背負った、

なんといっても水はもう腰まで来ているときに、入ってきたからだ、

このまま続ければ溺れてしまうだろう、

するべきは、ここで立ち去り、選挙を行うことだ、

そうすれば司令官の名前も汚さずにすむだろう」

すかさず、プラユット司令官:「黙りなさい。

私は宗教上の問題はよくは知らない、

しかし不信仰や不誠実に関しては隅からすみまで知っている、

私が溺れることなんか心配するな、

私は泳ぎが得意だし、

この状況については3年間熟慮しているのだ。


ーUDDのジャトポーン 「この状態では選挙はどのみち実施できない

のだから、まずは、プロセスの改革をどう行うか、話し合うのが最良

ではないか」

その後、話合いが継続。。。

ースティープ 「これは党の関わっている問題ではない。

これは、PDRCとUDDの間の問題である、

2者だけの会議を、別室で行わせて欲しい」と提案。

アビシット氏が暫定政府も加わるべきだ、と主張したが、

スティープ氏は2者間の話し合いに固執した。

プラユット司令官、これを許可、

スティープ氏とジュタポーン氏、別室へ。


ー アビシット:「当該者がPDRCとUDDとなったのだから、

我々は帰して欲しい」

ー プラユット司令官 「みんなそのままの席で、

結論がでるまで待つように」

30分後、2者間会議を終えて、

スティープ氏がプラユット司令官に近づき、

結果を、耳元にささやく。ジュタポーン氏もそばに立って聞いている。

ー 「くだらない。トイレット・ルームが綺麗じゃない、という類の話だ」

そして最後に暫定政府の代表に、「閣僚辞任にはどうしても反対か」

と訊きます。

ー 暫定政府代表 「我々は辞任しません」

ー プラユット司令官 「もしそういう結論なら、

ECは選挙の準備をする必要はなし、

上院は7条について作業することも、要らない。。。

申し訳ないが、私が全権を掌握する」

時、4時32分。

この時点では、多くの参加者が、司令官が冗談を言っているのだ、

と思っていた。

司令官が、全員、このまま会議場に留まるように、動いてはいけない、

と命令した。

司令官がそのまま会議場を立ち去って、始めて出席者は、

ことの重大さを理解した、

という模様がレポートされています。

なかなか迫真あり、プラユット司令官の胆力と、

表現の適切さがうかがわれます。



さて、

なにごともなさそうなので、

明日、カンチャナブリに行くことにしました。


カンチャナブリは、日本人にとってはなじみの観光地かも

しれませんが、僕はまだ行ったことがありません。

しかし、今度行っても、

ゴルフをして帰ってくるだけで、

観光地を回る予定はありません。


それでも、初めての場所です。

楽しい経験ができることを、

祈ってます。





^O^


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タイの悲喜劇

本日=28日から、夜間外出禁止令の適用時間帯が「0時~4時」となり、市民生活もほぼクーデター前と同じようになって来そうです。

タイ国の諸問題については、下記サイトがわかりやすく解説していますので、目を通されるとベターでしょう。

http://uccih.exblog.jp/

軍事政権はインラック・タクシン前政権の幹部を大量に拘束しましたが、コメ高値買取り政策に関連する汚職の実態の解明やコメの保管場所の調査・・・・はできたのでしょうか?

下記は上記ブログからの一部引用です。

■前政権の失政、コメ代金の未払い問題が、軍事政権で解消に

半年以上の懸案であった、タイの農民に対する政府のコメ代金未払い問題が、クーデター4日後で解消に向かった。

コメ代金が政府から半年以上も払われないで来たタイの多くの農民は、クーデターによる軍事政権の成立で、5月26日(月)午後から、さっそく長く滞納されていたコメ代金が支払われ始めたことに喜んでいるに違いない。

タイ貢献党(インラック・タクシン政権)の経済失政の最たるものであるコメ抵当スキームは、実施2年後で‘代金の未払い’という形でほぼ挫折していた。
この政府のコメ代金未払いの問題は、農民の自殺者も出すなど、農家の深刻な問題となっている。

農民の多くが選挙を通じて送り込んだタイ貢献党政権が未払いの状態を延ばし延ばしで来たのに対し、(農民が)望まない軍事政権が、ただちに手を打ってくれたのは何とも皮肉なことである。

実は、ここにタイの未成熟な民主主義の欠陥と、海外から忌み嫌われるタイの軍事政権の対照的な効率性が垣間見られるのだが・・・。

<略>

その閉塞状況が、クーデターから4日目で突き破られた。
26日の午後から全国のBAACの店頭で、残るコメ代金が支払われ始めたのだ。
軍事政権が優先課題として取り上げたからだ。

まだるっこしく時間がかかり、時には時機を失する「民主主義」より、「独裁主義」の方が時宜を得た決定・実行が速やかに行なえると、企業経営になぞらえて、一部で言われるゆえんである(だから民主主義はダメだと一般化しているわけではありません)。

タイの軍事政権は、海外の民主主義国から懸念を示され、国内ではその強権体制に一部反発を受けているが、
①首都での両派の対立をストップさせたこと
(まだ先の展開はわからないが・・)と、②このコメ代金問題に素早く
着手したことのふたつは、評価されよう。

軍の政権掌握が、うまくタイ経済の復活と社会安定のきっかけになればいい。

ちょうどタイの経済は、このコメ抵当スキームや自動車購入奨励策、最低賃金一挙60%引き上げ策など、前政権のバラマキ政策による家計の借金の増加、消費の先食い、インフレの高進により重く沈んでいるときだ。

過去2年半に、8,000億バーツ(2兆5千億円)以上をつぎ込み、その半分以上の5,000億バーツの損失を出し、タイの米作の質の向上を止め、タイ米の輸出を減らし、国と農民の借金を増やした、政治資金作りのスキーム。

損失部分が、まるまる農民への補助金になったのならいいが、多くが、市場相場を崩し、不必要な費用として出費され、まさに“損失”となってしまった。

それを始めたタイ貢献党が始末をつけられず、
最後は、軍事政権が始末をつけてくれそうな状況。
考えれば、なんとも皮肉なタイの悲喜劇である。
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im9p = I am a Cupid. ^O^
このキューピーさんの絵は奥さんのゴイ作です。
退職後、ロングステイ先を求めてタイにやってきたのが2008年。あせらず、あきず、あきらめず、いつまでも成長していける心で、豊かに生きることを願っています。産業カウンセラーの資格を退職後に取得。モットーは、あ・た・ま=明るく、楽しく、前向きに。

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