2011年10月16日から、このブログを書き始めました。 サマゴーンは、ラムカムヘン通りの北、ソイ110に位置する、 バンコクでも歴史が長い有名大住宅街(と言われているよう)です。 戸数、5000の、キング・プロジェクトで開発された、かなり大きなムー・バーンです。 ロングステイを一歩踏み込んだ生活となりましたので、 都心から離れ、しかし、まったくの田舎暮らしでもない、こういうところもいいのか、 と思って住み始めました。 さて、どんな生活になることでしょうか。

2013/08/01

本に埋もれて。


日本に帰っての、楽しみのひとつは、

近所のブックオフを回ること、

でしょうか。

近所、とはいっても、車で20分ほどのところに、

3軒のブックオフがあるのです。


昔の人ならば、さしずめ、愉しみに神田の古書街を歩くこと、

という表現になるのかもしれません。

まだ、若いころ、東京に住んでいたころは(太田区、品川区に

住んでいました)、神田の古書街によく行きました。


人の中には、古本なんて、汚くていやだぁ、という人がいる

ことは知っています。

僕は、まったく平気です。


絶版になって入手が困難になった本、

などは、そもそも古本でしか、

手に入れることはできないのですから。


最近では、

古本の棚のなかに、著者の「遺作」の本を見つけると、

つい買ってしまうように、なりました。


誰の「遺作」でも良いのです。

もちろん、誰の、といっても、僕が少なくとも名前だけは知っている

著者であることは必要ですが。


遺作の中には、その著者の、「末期の眼」で見た心象・風景が

描かれていて、その人となりの良さ加減がもっともよく表されて

いるのではないか、と期待するからです。


今回も、神吉拓郎さんの「花の頃には」という、

「都会派小説の名手が遺した珠玉の十六篇」と腰巻に

書かれた本。

もう一冊は、野口富士男さんの「しあわせ」。

これは、「遺作」ではないのですが、

「静謐な老境を綴る最新作品集」と宣伝されています。

最新、といっても、1990年初版です。

遺作本を買う愉しみのひとつは、

大体において、有名な著者であっても、

晩年には人気も衰えていて、版を重ねる本にはならないので、

たいていが「初版」が手に入るのです。


こういう老境に入った作家の本は、「病気」の話、

「死に行く」話に、満ち溢れています。^O^

前書の、「花の咲く頃」という、16篇の中の一作品は、

妻が、老いて、突然倒れて、意識がもどらないまま入院を

続けるのをひたむきに介護し続ける老夫が出てきます。

ほんの少しづつ良くなる気配もあり、

「去年はとうとう駄目だったけれど、今年の花が咲く頃には、

なんとか」。。。。。というお話。


「しあわせ」という本には、私小説だと思いますが、

6つの短編が収められています。

最初の「横顔」という作品は、78歳になろうとしている「彼」が、

高田馬場の散歩がてらに見つけた喫茶店の、20歳前後の

若いウェートレスとのお話。

喫茶店での客たちとの会話の流れで、横浜にある、

諸外国からの人形を4000体も展示している「人形の家」に

行きたい、というこの娘に、

身元引受人になっている店の女主人が、

「彼」となら行ってもいい、連れて行ってもらいなさい、と言う。


「彼は昨年喜寿をむかえて、間もなく七十八歳になろうと

している。

そんな高齢者なら、男女間に生じがちないかなる事態も

発生しない。

女主人のとっさの発想は、そこのところに結びついている

のだろうと真っ先に考えられるが、

性とは肉体だけの問題なのだろうか。

老いて性的不能となった男性は、もはや男性ですらない

のだろうか。

本能の姿は、能力の喪失とともに鎮火消滅して無に

帰してしまうのだろうか。

そんな年齢まで生きてみて、武宮自身は、若かったことより

むしろ異性にたいしてある種の関心が高まっていることを

感じていたが、その関心が若かったころとは別種のもので

あることにも気づいていた。

すくなくとも、無という状態では断じてない。

亜喜夢がそのへんのところを読み取っていたことは、

彼女の言動のどこかから武宮にもうかがわれた。

彼女の末期の眼に映じていた武宮は、

老いたりとはいえ、やはり男性であったのだ。


物語は、横浜のデートの、翌日に、彼女が白血病で

死んでしまう、

のです。。。


ここでも、「末期の眼」ということばが使われていました。


あと、今回の帰国で、次の本を買い、熟読しました。

「弱き者の生き方」 大塚初重 vs 五木寛之 対談。

NHK深夜便で、大塚先生がご自身の戦争時の体験を

話された番組を、五木さんが聴いて、対談を申し込まれた

のだとか。

大塚先生の体験とは、戦地に赴く船が敵に撃沈され、

沈む船から脱出するとき、同士を見殺しにした、

というより、もっと激しく、蹴落としてしまう、

ご本人は、「殺した」という体験です。

大塚先生は、そうした戦友を思えば、生き延びた自分は

おろそかな生き方は出来ない、と生き抜いてきた。

日本考古学界の至宝といわれるまでになった先生が、

晩年になって、あの体験を告白せずには、いられない、

といって、いわゆるカミング・アウトしたわけです。


五木寛之さんにも、戦後の朝鮮で、ロシア軍に蹂躙

される母親を守れなかった、あるいは引き上げで、

多くの日本人を見捨ててきた、という負い目を背負って

生きていかねばならない、という境遇が同じなのでした。


この対談の中で語られているお二人の心象も、また、

末期の眼をとおしてのものだと、

僕には、そう、思えました。


こういうお話を、直接、聞けたらもっと鮮烈な印象を

受けると思うのですが、

まぁ、本で読んで、何十分の一でも、その思いに

触れることが出来たことで、

満足とすべきなのでしょうね。


稀有な、対談本でした。





^O^


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このキューピーさんの絵は奥さんのゴイ作です。
退職後、ロングステイ先を求めてタイにやってきたのが2008年。あせらず、あきず、あきらめず、いつまでも成長していける心で、豊かに生きることを願っています。

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