2011年10月16日から、このブログを書き始めました。 サマゴーンは、ラムカムヘン通りの北、ソイ110に位置する、 バンコクでも歴史が長い有名大住宅街(と言われているよう)です。 戸数、5000の、キング・プロジェクトで開発された、かなり大きなムー・バーンです。 ロングステイを一歩踏み込んだ生活となりましたので、 都心から離れ、しかし、まったくの田舎暮らしでもない、こういうところもいいのか、 と思って住み始めました。 さて、どんな生活になることでしょうか。



今年は、妻ゴイの日本での初スキーで明けました。

安曇野に住む友人のお世話となり、すばらしい経験となりました。

このことがひとつの契機となり、

ゴイをもっと長い期間日本で過ごさせたい、

僕がタイでロングステイするのではなく、

ゴイが日本でロングステイする、という方向転換です。

それで、ゴイが日本に適応できるのなら、

10年、20年後の生活の仕方が変わるだろう、と考えます。


そして、始まったのが、セカンド・ハウスを求めての長丁場。

ネットで絞り込んだりした時期を考えれば、3月から始まり、

6月末まで、ほぼ4か月、安曇野から千葉外房、東京、南房総館山、

そして最終的に、内房木更津に決定しました。


木更津の古民家風の家に決めた理由のひとつに、

購入希望者のなかに、中国人の大学教授がいて、かなり熱心に考慮中だ、

と聞いたことも入っています。

学生を招いて、読書会や勉強会に使用しようとしている、とか。

中国人に、日本の良い家屋を買われてしまう、ということに抵抗感があったり

しました。

考えようによっては、それもいいことかもしれなかったわけですが、

中国人が日本の不動産をどんどん買う、

ということがあまり感じが良くなかったのです。

タイでも、日本人(外国人)は、土地付き家屋は購入できず、

購入できるのは、マンションだけと規制されています。

この基本観念、感覚は、コモン・センスでいいのではないでしょうか。


とにかく、6月には、木更津の中古住宅が手に入りました。


この家のリフォーム計画は、8月ごろから始まりました。

なにしろ、売るに出されたのは「店舗用」住宅だったので、

ふつうの生活をする住宅にリフォームするには、結構な規模となります。

加えるに、母屋と蔵部分と、2か所に分かれていましたので、

リフォーム建築会社を決めるまで時間がかりました。


そして、リフォーム工事が開始したあとからも、その進捗に時間がかかりました。

景気も良いのでしょう、リフォーム屋さんも掛け持ちで、

人手不足もあったことかと思います。

期待していた10月下旬までの完了ができず、タイに戻ることになってしまいました。

予定になかった、日本不在中も工事を続行する、という対応で、

11月下旬に来日したときは、なんとか住める状態(トイレ、バス完成)になっていました。

最終的な完了は、12月中旬です。

3月から、12月まで、ほぼ一年間、セカンド・ハウスの購入・リフォームで

明け暮れたことになります。

長かったなぁ、疲れた、

でも最終的には良かったなぁ、という満足感です。


古い家ですから、リフォームがこれで終わり、ということはなく、

小さな手直しを、延々と続けていくことになります。

リフォームとまで言わない、障子の張替や、あれやこれやで、

キチンとした生活をして、友達を家に呼べるようになるまでも、

しなければいけないこと満載なのですが、

あまり完璧をもとめても、きりがないなぁ、と考え始めているところです。


大網から木更津に来るたびに小さなダンボールに3箱ずつ本を持ってきています。

今回その中に、「日本の詩歌 11」 釈迢空、会津八一、窪田空穂、土岐善麿、

という詩集がありました。

釈迢空の歌を読もうかと思って手にしたのですが、

この4者のなかで、土岐善麿だけ、この詩人、どんな人だっけ、

と全然しらないことに気が付き、読んでみました。


おほかたの、わかきむすこのするごとき

不孝をしつつ、

 父にわかれぬ。


雪の日の、

改札係の少年のまっかなる頬に

 なぐさめられつ。


このごろ、すこし、

くらしのらくになりたるに、

 したしくぞ思ふ、妻子の顔を。


なんとなく、なんとなくですが、

石川啄木のトーンが感じれらたりしたのですが、

詩の注釈をよむと、

この詩人・歌人は、啄木とデビューの時をを同じくし、

そして啄木の死後、最大の支援者となった人でした。

「啄木遺稿」や、「悲しき玩具」を編集、刊行した人で、

みな遺族の生活費にあてるための努力だった。


浅草の寺に生まれ、早稲田大学卒業後、読売新聞、朝日新聞、

早稲田大学教授、その後さまざまが国語問題に取り組み、

能の新作にも取り組んだり、94年、生涯詩人としての生を貫いた人でした。

この人が、自分の思想や人格の形成に、啄木から教わったこと、多大なり、

と語っています。


石川はえらかったな、と

 おちつけば、

 しみじみとして思ふなり、今も。


このような人に、このように思われるのなら、啄木も捨てたものではないか、

と思い直してみる。


石川啄木は、

人の心を打ち、記憶に強烈に刻み詰ける抒情歌を排出した一方で、

その私生活、その性格が下品だと非難されることが多い詩人かと思う。

僕も、そのような意見の影響を受けているものなのですが、

ちょっと見直してみようかな、と。


昭和文学史の社会主義が盛んになるころを描いた平野兼の評論で、

石川啄木が正規な主張者として好意的に扱われていたことを、

これまた、最近知ったところでした。


しらないこと、いっぱいです。

若いころ、なじんだ詩を、また読み返す、

そしてまた新しい発見をする、

楽しからずや、

でしょうか。







^O^


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im9p = I am a Cupid. ^O^
このキューピーさんの絵は奥さんのゴイ作です。
退職後、ロングステイ先を求めてタイにやってきたのが2008年。あせらず、あきず、あきらめず、いつまでも成長していける心で、豊かに生きることを願っています。産業カウンセラーの資格を退職後に取得。モットーは、あ・た・ま=明るく、楽しく、前向きに。

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