2011年10月16日から、このブログを書き始めました。 サマゴーンは、ラムカムヘン通りの北、ソイ110に位置する、 バンコクでも歴史が長い有名大住宅街(と言われているよう)です。 戸数、5000の、キング・プロジェクトで開発された、かなり大きなムー・バーンです。 ロングステイを一歩踏み込んだ生活となりましたので、 都心から離れ、しかし、まったくの田舎暮らしでもない、こういうところもいいのか、 と思って住み始めました。 さて、どんな生活になることでしょうか。

裏庭のバナナが、ついに刈時となりました。

バナナの木にぶらさがった状態で、

実が黄味がかってきたので、もうそろそろ、

と思ったのです。


実が黄色になって、食べるわけですが、

美味しく食べられる期間は案外短くて、

3,4日もすると、腐ってきます。


それで、妻のゴイと二人では、全部食べられない、

と思いました。


全部、黄色になる前に、

サマゴーンのタイ人友達の、VさんとNさんに、

持っていこうと、早めに切る、

ということでもありました。


20130528banana
このタイプのバナナとしては、大ぶりで、
重かったです。


さて、

日本のエレトロニクス産業に未来はない、

という声をよく聞きます。


韓国のサムスンやLG、

または台湾のホンハイ、でしょうか、

日本からの技術流出から、

子が親より、はるかに賢く、大胆で、大がかり、

すっかり骨のズイまでしゃぶられてしまった、

という見方、でしょうか。


今、日本の電機産業が、

80年代の黄金時代の後、

なぜ、つるべ落としのように、凋落してしまったか、

という本を読んでいます。


電機産業、復活の道はあるのか、どうか、

自分なりに考えてみたいと思ったので。


アベノミクスは、僕が生きている間では、

ニッポン経済再生の、最後のチャンス、

だろうと感じられます。

(その覚悟で、すべての企業に取り組んで

欲しい~、と願いますが)


コンシューマ製品として、

日本を代表するのは、これまで、

自動車産業と電機産業が、

2枚看板でした。


自動車産業は、今でも、

まず競争力に不足するところありませんから、

日本の復活の、試金石は、

この、もう一つの電機産業が、

再び、世界に伍する競争力をもって、

優良会社になれるかどうか、

にあるかとも思います。


あるいは、

もう過去の電機産業の製品ポートフォリオでは、

太刀打ちできないから、

まったく事業内容を変えてしまわざるを得ないか?


日立は2,3年前に大がかりな経営改革を行い、

事業内容を、強味が活かせる分野に絞り込む、

ということを大胆に行った、と聞きます。

だから、サムスンと競合する会社ではなくなった。


僕は、エレクトロニクス産業というのは、

消費者の普段の生活に直接、密着する

製品・サービスを提供する産業なので、

戦略的に、重要度は、高いとみます。


つまり、エレクトロス製品が良ければ、

その国の、他の製品やサービスも、

その国の文化さえ、

きっと良いだろう、

と思ってくれる、というわけです。


日々使用する、スマートフォンや、

毎日何の気なしに付けているTV、

音楽、映画を楽しむ道具、などなど、

。。。


様々な理由があって、

現在の赤字まみれの会社になってしまっていますが、

やはり、

電機産業界においては、

経営者が悪かった、のではないか、

という疑いを持っています。


パナソニックは、幸之助以来の名経営者ではないか、

といわれた中村邦夫氏。

本当にそれほどの名経営者なら、

自身がV字回復させた会社が、

5年もしないうちに、

そして自分がまだ代表取締役会長職に居るのに、

なぜに7000億を超える赤字企業に

落ち込んでしまったのか。


僕は、彼は会社をいじくりまわし過ぎた、

のではないか、と思っています。


剛腕すぎたので、誰も彼を止められなかった

のでしょう。


シャープも、あまり優れた経営者では

なかったようです。

それは、

海外企業との提携問題の取組方や、

今年の新社長選任の様子などからも、

察することができるように思います。


そして、ソニーですが、

ハワード・ストリンガー政権が、

5年ですか、6年ですか、

あったわけですが、

彼は、一体、何をしたのでしょう。


なんで、彼が選ばれたのか。

日産のゴーンさんのように、

外国人CEOだからというだけで、

ソニーに革新をもたらしてくれると

期待していたのか。


いずれにしろ、ストリンガー時代、

ソニーは暗黒時代だったのではないでしょうか。


昨年の4月に、新社長に選ばれた平井氏が、

1年で、

2012年度(2013年3月)の黒字化を

達成したのですが、

なんと、5年振りの、黒字だった、と聞いて

驚きました。


2年続けて赤字なら、その時点で、CEOはクビ

にすべき、です。。。

あるいは、自ら身を引く、とか。

こんなことを見ていると、

やはりソニーも経営者に恵まれなかったのだ、

という気がします。


そんなことで、うろうろしている、

この5年間に、すっかりサムスンに、

世界中、席巻されてしまった、

というわけです。


ソニーに今、興味を持っているのは、

株を買ってしまったから、

です。^O^


そういうことで、

ソニーの経営方針の発表会のビデオ、

見つけたので、見てみました。

これが、

なかなか良いのです。

平井社長、ほんとにソニーを蘇生させることが

できる経営者、

かもしれない、と感じました。


彼の、発表スタイルは、

エレクトロニクス企業の発表会の、

アメリカでは定番の、

CEOがステージに上がって、

メモなど、もちろん一切見もしないで、

語りかける、

という方法です。

(アップルのステーブ・ジョブズでおなじみ。

日本では、ソフトバンクの孫さんなど、この

スタイルでしょうか。ごく、少ない、と思います)



期待を超える機能価値」と

こころを動かす感性価値」のある

製品とサービスを提供するのが、

ソニーのDNAであり、使命である、

というメッセージは、

こういうスタイルでなければ、

言えませんね。



ソニー経営方針説明会
配信日時: 5月22日(水) 18:00~19:30



とにかく、最近、

僕は楽観人間なのです。


悲観的に、

物事を見てても、

面白くないのです。


ガンバレ、にっぽん。






^O^


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こういう話があります。


チャンス氏は、ある大富豪の邸宅で庭師として働いていました。

中年になるまでほとんど豪邸の外に出ることも無く、

部屋でTVをみることと庭いじりが彼の趣味でした。

やがて、その大富豪が亡くなって、チャンス氏は外の世界に

出ることになるのですが、途端にリムジンにはねられ、

その車のオーナーの家に治療のために運びこまれます。

そのオーナーは、大統領のアドバイザーも務める

ビジネスマンです。

あるとき大統領がビジネスマンの館を訪れたとき、

たまたま病み上がりのチャンス氏がいました。

アメリカの経済は低迷し、多くの一流企業の業績は悪化し、

株式市場は暴落状態でした。

悩む大統領から、なんとチャンス氏は助言を求められた

のだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

チャンス氏は尻込みした。

頭の中は真っ白になり、重苦しい空気を感じた。

彼はカーペットを見つめていたが、決心したように、

「庭では・・・」と話始め、こう続けたのである。

「季節は巡ります。

春が過ぎ夏が来ますが、やがて秋になり冬がやって

きます。

そしてまた春が巡り夏がやってきます。

根が切られてしまわない限り、

またすべてがうまく回っていくのです。


彼はおそるおそる目をあげた。

満足そうに笑みをうかべた大統領の顔がそこにあった。


「チャンスさん、こんなに勇気づけられる話は

長い間聞いたことはありませんでした。

自然も社会も同じなのだということを忘れていました。

自然と同様に、我々の経済システムも長期的には

安定的で合理的なのだから怖がってばかりいては

いけないのですね。

避けられない自然の季節は平気で迎えるのに、

経済の季節には動揺するなんてなんと愚かなこと

でしょう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(J・C・ボーゲル「インデックス・ファンドの時代」から)


小さくは、

つい先日日本株で起きた、

上昇気流にいた株価が大暴落しても、

ちょっとした必要な調整なのだよ、

と安らかにそれをみるようになれる、

良いアドバイスになると思います。


しかし、僕は、もっと大きな意味を、

このエピソードから受け取りました。


きっと昨日の安倍総理のスピーチが

頭に残っていたからでしょう。


僕は、アベノミクスが始まって4か月、

世界を驚かす日銀の施策から始まり、

様々な面で、久しく無かった、

日本の前向きな面が出てきて、

まさに起死回生の状況が生まれつつある、

と感じています。


あとは、この状況に、実体経済がどう応えて

いくかが残された課題です。


昔なら、僕は、心配気味になることなんて、

なかったでしょう。

経済一流、政治は二流(三流?)と言われていた

昔なら、

こんなに政治が良い環境を作ってくれたら、

もうほとんど果実は手中にあるようなもの、

と感じたでしょう。


ところが、

この20年の日本の企業の動きを見るに、

優れた経営者の枯渇、

社員モチベーションの低下、

外国に学ばない傲慢さ、

などなど、

勝手ながら、

自分が生きてきた時代に比べて、

どうしようにないほど、力不足になった、

と思ってしまいがちだったのです。


しかし、考えてみれば、

日本人という根が切られてしまったでしょうか?

そんなことはない。

根は、そんなに簡単に切って捨てられるほど、

浅く、細く、か弱いものではない


と直観的に、感じたのです。


季節は、巡るのです。

もっと楽観主義になりましょう。


安倍首相はスピーチで、

「私の役目とは、

日本を、

この(「桜よ」という)歌にふさわしい、

未来を向いて、もう一度力強く歩いていける国に

していくということです」

と宣言しています。


揶揄することなく、

それが実現することを信じて、

応援していきたいものです。


自分が出来ることと言えば、

回りの人に「大丈夫だよ」と伝えることだけしか

ないかもしれないのですが、

そういう積極、楽観という思いは、

案外、ひろく伝わっていくものかも

しれません。






^O^


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23日、安倍首相が「アジアの未来」国際交流会議の

晩餐会でスピーチをしました。

耳傾ける価値のある内容だと思いますので、

全文、掲載します。


第19回国際交流会議「アジアの未来」安倍内閣総理大臣スピーチ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アジアの未来を考えよう、毎年集まって、

未来を考えようというテーマと、

そしてその設定には、振り返って、先見の明があったと思います。
 
未来を望み、理想を追い求めて、教育に、勤労に励んできたのが、

私たち、アジアの子だったからです。


フィリピン近代化の偉大なヒーロー、ホセ・リサールの言葉を、

2つ引かせてください。

「偉大な理想に捧げない人生とは、意味のないものだ。

野に転がったまま、いかなる建物の一部にもならない、

石くれのようなものである」というのが、そのひとつです。


もうひとつ、私が好きなのは、

「人の苗床となり、太陽となるのは、教育であり、自由である。

それなしには、いかなる改革も成し遂げられず、何をやっても、

望ましい結果はもたらせない」というものです。


日本には、ホセ・リサールを慕う人たちがいました。

その人たちは1961年、日比谷公園に記念碑を建てました。

その一角に、1888年、リサールが日本に来たとき、

投宿したホテルがあったからです。

その後、1998年には、記念碑の上に立派な胸像が

付け加えられています。


教育を重んじ、自由を願うアジア、

転がったままの石を、少しでもなくそうとするアジアは、

いまやミャンマーを、アジアという名の、

ひとつの「理想主義クラブ」に招じ入れました。

明日から私は、妻の昭恵ともども、ミャンマーへ行きます。

妻は、ミャンマーで学校を作ることをライフワークにして

いますから、また訪れることができるのを楽しみにしている

ようです。


さて、20世紀のちょうど真ん中、1950年の時点で、

世界の様子を示した地図があります。

2つだけ、マルがついていて、そのマルというのは、

ニューヨークと、東京です。

ニューヨークと、東京だけ、と言った方がいいでしょう。

それは、1000万人以上の人口を抱える都市が、

世界のどこにあったかを示した地図です。

1950年には、巨大都市というものは、

ニューヨークと東京の、2つしかありませんでした。

その同じ世界地図を、2010年について作ったものを

見てみると、マルの数は実に11倍、22カ所に増えています。

22都市のうち、アジアの街は、どれぐらいだと思われますか?

南西アジアまで含めると、12カ所にのぼります。

世界の巨大都市22のうち、半分以上が、私たちの地域にあります。

このことは、3つのことを、私たちに教えてくれます。


第一に、アジアの成長とは、都市の勃興が原因となり、

結果となるものだった、ということです。

第二に、都市生活者が求めるいろいろな需要が、

アジアでは、急速に似通ってくるという事実です。

よく整備された公共交通機関や、コンビニエンスストアなど

商業集積に対する需要は、アジアの各国において、

ひとしく見られる現象になります。


また東京やソウルで流行ったものは、アジア各都市で

ほとんど同時に人気を得るという、

文化的同一性・同時性が、ここから生まれます。

みなさんには今さら申すまでもありませんが、

アジアでなら、2時間も飛ぶと、

まったく違う国、文化へ旅することができます。

それでいて、そこには、都市生活者が作り出す若い文化、

躍動するライフスタイルという、

共通性、同時性が、生まれているのです。

多様性の中の、統一です。


けれども三番目に指摘したいのは、

私たちが抱える課題もまた、急速に、同一化しつつ

あるということです。

人間の数が多くて、産業活動が集まる都市には、

水や、空気の問題が生まれます。

インフラの不備という、問題が出てきます。

貧富の差は、ともすれば、強烈な対照を見せますし、

感染症の温床ともなる、といったふうに、

いろいろ悩みが、都市化とともに発生するわけです。

アジアとは、だとすると、こんなふうに定義づけられる

かもしれません。

都市の悦楽や躍動が、互いを結びつける場所である。

都市にまつわるあらゆる問題によっても、

互いが結び合う場所である。

これは私たち政治家に、ある使命を教えてくれます。

経験を伝えるに、寛容であれ、経験を学ぶのに、

謙虚であれという教訓です。

その教訓に、忠実でなければならないという使命です。

感染症の対策などは、格好の事例です。

自国の国民が、病気にかからないように努めるその努力が、

感染症を、よその国に移さないための努力にもなります。


都市化が成長させたアジアとは、

そこに共通の問題があるゆえに、指導者たちを謙虚にします。

ですからアジアの未来とは、学び合う未来だとも、

定義したいと思います。

経験を伝えるに寛容で、学ぶに謙虚なアジアです。

それを伸ばしていくことが、

私たち、一国をあずかる者の使命です。


今年私はジャカルタを訪問し、5つの原則を発表しました。

ホセ・リサールの言葉ではありませんが、

教育と、自由が、その根本にあります。

わが国は、かつて、多くの国々、

とりわけアジア諸国の人々に対し、多大の損害と、

苦痛を与えました。

そのことに対する痛切な反省が、戦後日本の原点でした。


そして過去60有余年、

私の国は、自由と民主主義、基本的人権、法の支配を、

堅固に守る国柄を、うまずたゆまず、育ててきたのであります。


したがいまして5原則の第一とは、

思想、表現、言論の自由――人類が獲得した普遍的価値は、

私たちの地域、アジアにおいて、十全に幸(さき)わわねば

ならない、というものです。

第二の原則とは、

私たちにとって最も大切なコモンズである海は、

力によってでなく、法と、ルールの支配するところで

なくてはならないというものでした。

第三に、日本は、自由でオープンな、互いに結び合った

経済を求めるということですが、

わが国は、マルチの経済連携枠組への加入を試みることで、

これにもっと拍車をかけようとしています。


第四が、文化のつながりを増やすこと、

そして第五が、JENESYS 2.0といって、

3万人の若者を、アジア諸国から日本へお招きする

プログラムのことです。

以上の、五つでした。


この、四番目、文化のつながりを増やすという決意について、

ひとつ「プレビュー」をご提供します。


わたくしはいま、

アジアの新文化創造へ向け日本は何をなすべきか、

有識者に集まってもらい、お考えいただいています。

「融合と調和」という、キー・コンセプトを

打ち立ててもらっています。

その結果を、今年の12月、ASEAN各国から、

指導者の方々にご参集いただいて開催する

「日本・ASEAN特別首脳会議」の際に、発表する予定です。


日本と、アジアで、学び合う未来を作るため、

新しい文化交流の政策を打ち出すことになるでしょう。

どうかご期待ください。


わたくしはこのスピーチを、

アジアとは、未来を見つめ、教育を重んじ、自由を希求して、

理想を目掛けて歩み続けてきた人々の集まりだと規定し、

お話しし始めました。


そのとき、ひそかに思っていました。

日本こそは、その、最初のファウンダーだったはずじゃ

ないのか、ということです。


私がこのたび、総理に改めて就任して以来、

経済の再建に全力を注いでいるわけを、お察しください。

不況は人々を、うつむかせます。

なかでもデフレは、人々の、希望と、期待を、

直接むしばむ病気です。


これが慢性化すると、国中から、

楽観主義者がいなくなります。


未来を、明るく望み見る人が、

日本からいなくなってしまいます。

若者は、結婚しなくなるし、

未来を担うべき、赤ん坊の数も増えません。


私は思いました。

アジアの国々で、若者たちは未来の可能性を信じて

前進している、まさにその時、

日本の同世代だけが、

いつまでも、うつむいていていいのだろうか、


ということです。

同時に、思いました。

将来を悲観し、内へ、内へと閉じこもる日本人を育てて

しまうなら、それは世界に対する責任の放棄になります。

一国のリーダーに、決して許されないことだと思いました。


そもそも日本は、縮み込むには大きすぎる国です。

欧州で比べると、ドイツと、英国を合わせたより、

少し大きいくらいのサイズが日本です。

だとすると、日本が経済的に縮んでいくことは、

みんなに迷惑をかけてしまいます。

先ほど私は、アジアにとって大切なコモンズである海を、

法と、ルールの支配する場所として保つべきだと言いました。

しかしそのための努力を、かく言う私たち日本が、

十分にはできない事態にもなりかねません。


こんなことではいけない。

そう思ったことが、私に、危機感を与えました。

もう一度、日本は、若くて活力に満ちたアジアの、

元気なメンバーにならなければいけない。

かつての自分を、取り戻さなくてはならないと、

思ったのがひとつ。

そして、世のため、人のため、

善をなし、徳を積むためにも、

頼りにされる日本を、取り戻さなくてはならないと

思ったのが、もうひとつの動機でした。


それが、いま、世間で言う、「アベノミクス」を、

私が一気呵成にやりたいと思った、大きな理由だったのです。
 

これまで私自身、何度か紹介した歌なのですが、

もういちど、紹介させてください。

「桜よ」という歌です。

日本を震災が襲った2カ月あとの、

2011年5月、ジャカルタに、500人ちかいインドネシアの

学生が集まって、この歌を熱唱してくれました。

日本語で、ミュージカルを演じる学生たちが、

新作演目のため作って、用意していた歌でした。

その、もともと日本語の歌詞に、

震災を受け、くじけそうになっている日本の人たちを

励まそうと、次の言葉が新たに加わりました。


「何かを失う寂しさ あきらめる悲しさ 

でも春は来る 来年も その先も ずっと先も」

そして歌は言うのです、

「桜よ 咲き誇れ 日本の 真ん中で 咲き誇れ。

日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で 咲き誇れ」
 


私は初め、驚き、そして、深く、感動しました。

驚いたのは、500人の合唱の、その、力に対してです。

日本語で、インドネシアの若者が、

日本に向け、懸命に歌ってくれているという、

その事実自体に対してでした。


そしてもちろん、感動しました。

「世界の 真ん中で 咲き誇れ」と、

日本のことを励ましてくれる若者が、

アジアにいるのだということに、です。


戦後の、私たち、日本人の歩みは、

このような善意を育てていたのだと、改めて知り、

深く、頭を垂れ、襟を正したい気持ちになりました。


ご参集のみなさま、

私の役目とは、日本を、この歌にふさわしい、

未来を向いて、もう一度力強く歩いていける国に

していくということです。


絢爛そのものの多様性の中、都市居住者が育てる

共通の志向、共通の文化によって、

ダイナミックな融合を遂げつつあるアジアにおいて、

活力あるメンバーとなるよう、

日本を、生まれ変わらせることです。

学び合い、自由を重んじ合う、

アジアという名の理想主義クラブにおいて、

驕らず、威張らず、しかし卑屈にも、

偏狭にもならないで、経験を与えるにして寛容、

学ぶにして謙虚な一員となるよう、

日本人と、日本を、もう一度元気にすることなのです。


最後はちょっと、決意表明みたいになってしまいました。

食前酒の代わりにはならなかったかもしれませんが、

これで、おしまいであります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、安倍首相のスピーチをYutubeなどで

見るのですが、

スピーチ・ライターが誰なんだろう、

と思わせるほど、

内容がある話が多いと感じています。


最初に首相になったときに、文芸新書で、

「美しい国へ」という本を出版しました。


手元にあるので、

パラパラとめくってみました。


大学を卒業した後、就職した先は、

神戸製鋼なんですね。

入社後、ニューヨーク事務所での研修を命じられる、

など、エリートとして扱われたのでしょうが、

帰国後の初めての勤務場所は、

兵庫県加古川の工場だった、と言います。


7章からなる「美しい国へ」、

最後のセクションは、

「再チャレンジの可能な社会へ」、

というものでした。


なんだか、暗示的ですね。


安倍首相が、返り咲いたのは、

「天命」かもしれません。


スピーチの中で紹介されている、

「桜よ」

はこれです。


恥ずかしながら、知りませんでした。

東日本大震災で、悪戦苦闘する日本人への、

インドネシアの青年だちからの、

温かい、メッセージです。

そんな時だったからこそ、

心情あふれる、メッセージだったと、

思いたいです。


「桜よ ~大好きな日本へ~」 500人大合唱






^O^


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ネットサーフィンをしていたら、

週刊東洋経済(2013.5.11.号)の第2特集の、

「爆速ヤフーの突破力」という記事について、

コメントされているブログを読みました。

ヤフーは、なぜ15期連続増収増益の社長が退任し、「爆速」するのか?

興味を感じたのは、新しい人事評価システムです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人事評価もユニークです。詳細はわかりませんが、

バリュー評価という仕組みを導入し、

「課題解決」「爆速」「フォーカス」「ワイルド」

という4つのバリューに対しての到達度を評価する方法

とされています。これも半年間で導入という爆速です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

内容は分かりませんが、

ついこの間まで多くの日本企業で、

活性化のためにと称して導入され、失敗した、

形だけの「成果主義」とは違うようです。


ふと、思い出したのは、GEの革命です。

ジャック・ウェルチは、赤字で瀕死の状態のGEを

見事に蘇らせた経営の神様、と言われるのですが、

それは間違いで、

彼の凄いのは、GEが業績絶好調のとき、

(彼がCEOになったのは、1981年、

GEが世界で10番目に大きな市場価値を持った

会社でした)

あえて、全方位の改革を断行した、

慧眼、勇気、決断力、実行力なのでした。


ヤフーでは、

15年増収増益を達成してきた井上前社長が

会長に就任する、

というような中途半端なことはせず、

すべてを新社長にゆだねて身を引いたようで、

違う形で、

ジャック・ウェルチの慧眼を思わせます。


そして、ジャック・ウェルチは、

社員をGEのコア・コンピタンシー(競争力の源泉)に

することへの情熱に燃えた経営者だった。

彼は、GEの共通価値として、

率直さ、スピード、自己確信、

を植えつけ、たゆまなく成長し続ける、

人材の宝庫であるGEを夢見ます。


彼がたどりついた人事評価方法は、

「活性化カーブ」と名付けられ、

A(20%)、B(70%)、C(10%)

というグループに評価するシステムです。

Aは、リーダー・グループで、

すでに活性化されている、

Bは活性化すべき中間層で、成長が求められる、

Cは、クビを切られる10%です。

マネジャーは、毎年、10%の、

会社を去ってもらわねばならない社員を

選定しなけらばならない。

これは、かなり厳しい作業で、

30人のスタッフを抱えた一人のマネジャーの

場合、1年目、2年目は10%カット対象を

選べるけれども、

3年目には、そんなにパフォーマンスの悪いものも

いなくなり、しかし10%は選ばねばならない、

と難しくなり、

定年が決まっているものを指名したり、

酷いのはすでに退職した人間の名前を

使ったり、というところまで、追い込まれたりする、

とか。


ジャック・ウェルチすれば、それは社員に、

厳しいことだが、決して不幸を与えることではない、

なぜなら、その人が成長できないGEを去り、

他の組織で実力を発揮すれば良いのだ、

という、

彼の信念である、

人は自らの運命を支配する、

という考えに基づいているようです。


「率直さ、スピード、自己確信」と、

「課題解決」「爆速」「フォーカス」「ワイルド」

の間に、関連性はなさそうですが、

元になる信念は同様ではないでしょうか。


ワイルド、

というのは、

ケインズでさえ言っているアニマル・スピリット、

ということに共通していると思います。



こういう日本企業が、増えて欲しい、

とアベノミクスの第3の矢にからめて、

そう思います。


特に、

大企業の精神的革新が、必要とされている

のではないでしょうか。



今日も、日本株市場、快調で、4日連続上昇、

246円高で、1万5627円は、5年6か月振りの

高値とか。


ところが、僕自身の持ち株は、トータルでマイナス6万円でした。

聞けば、上がった株は749社で、下がった株の方が多くて

853社だった、とか。


トヨタとか、ソフトバンクも下がっており、

僕の持ち株としては、アン・ラッキーの日だった

ようです。







^O^


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ネットサーフィンをしていて、

あ、これは良い言葉だな、とか、

これは、考えるヒントになるな、

ということに出会うのですが、

メモもとらず、そのままに次に進むと、

翌日には、もう何も覚えていない、

ということになってしまいます。


そこで、短い言葉でも、

小さな事象でも、

こころに響いたら、

ブログに残しておこう、と思いました。

<トヨタ>豊田社長がドイツのレースに出場http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130521-00000031-mai-bus_all

豊田章夫社長、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「自分の運転で車を評価できるようになりたい」と考えて

約10年訓練を続け、自らレースに出場するようになった。

そして、先週、「ニュルブルクリンク24時間レース」に出場、

175台中、総合37位で完走した。

24時間のうち計2時間半ハンドルを握り、

レース後は「もっといい車づくりに向け、感覚を磨くことができた」

と、すがすがしい表情で語った

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このことにも驚きましたが、

実は、

ドライバーモリゾウのBLOG

の書き手でもあるんだそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「自動車会社に勤めるドライバーモリゾウの挑戦!
もっとクラマ好きを増やしたい、もっと走る楽しさを伝えたい・・・。
その思いが、モリゾウをレーシングドライバーに挑戦させた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というのがBLOGの紹介分です。


中身をみましたが、

確かに豊田社長の言葉で、

日々の事象が書かれています。

最近の記事は、もちろん、ドイツのレース参加の

ことでした。


GAZOOというのは、トヨタ主催の一大サイトです。

自社がインターネット・ビジネスに乗り出したとき、

ご自身で、使って見せた、といいうことでしょうか。


お顔に似ずに、考えが柔軟で、行動が軽快です。

トヨタには、期待できると、深く、思いました。






^O^


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プロフィール

im9p

Author:im9p
im9p = I am a Cupid. ^O^
このキューピーさんの絵は奥さんのゴイ作です。
退職後、ロングステイ先を求めてタイにやってきたのが2008年。あせらず、あきず、あきらめず、いつまでも成長していける心で、豊かに生きることを願っています。産業カウンセラーの資格を退職後に取得。モットーは、あ・た・ま=明るく、楽しく、前向きに。

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